地域のまちづくりを支援する拠点、歴史的町並み散策の情報発信、伝建地区の改修モデルハウスという役割を持った施設です。
「西には遠く『烏の塒』が望まれ、東は伊勢へつらなる山つづきだ。
その一段高い丘の上に立って見渡すと、『ひむがしの野にかぎろひの立つ』景色は、どうもここでなくてはおさまりがつかないような気がして来る」
(本文より)
ひむがしの野にかぎろひの立つ見えて
かへり見すれば月かたぶきぬ
地域のまちづくりを支援する拠点、歴史的町並み散策の情報発信、伝建地区の改修モデルハウスという役割を持った施設です。
格子や虫籠窓(むしこまど)と裏庭の石垣を取り入れた建物で、来訪者と地域の交流を深め、地域のコミュニティの活性を図るため、町出身の芸術家等の作品発表の場として提供されています。
江戸時代末期の建築で、町の歴史資料や藤沢薬品(現アステラス製薬)及び細川家ゆかりの資料を展示しています。銅板葺唐破風(どうばんぶきからはふう)付き看板が見事です。
今から約400年前につくられたとされ、国の史跡に指定されています。近世の城において大名屋敷の主要な入口に設けてある「高麗門」形式で、なかでも初期の形をしている門として重要な建物です。
壁以外はすべて黒く塗られているため、「黒門」と呼ばれています。
「園内には、彼が住んだという数寄屋風の庵室があり、山上にも離れのような家があって、藤助夫婦(薬園の創始者)の像が祀ってあった。穏やかな、高砂の尉と姥のような彫刻で、薬草とともに暮らした生前の姿が偲ばれる」
(本文より)